神明宮写真
寿老神イラスト

御由緒

「深川」の地名

◆深川の地名の起こり◆

深川発祥の絵図 徳川氏の関東入国から間もない慶長元年(1596)、家康公が当地を巡視されたおりに、深川八郎右衛門を呼びよせ、地名を尋ねました。「まだ住む人も少なく地名もない」と応えると、家康公は八郎右衛門の姓「深川」を地名とするよう命じました。
 深川の地名の発祥は、神明さまの鎮座する実にこの地なのです。以来、深川の地は江戸の繁栄とともに賑やかな町となり、深川氏は開拓の功績により代々深川二十七ヶ町の名主を務めました。
 深川氏は宝暦七年(1757)に七代で断絶しますが、菩提寺の泉養寺(市川市国府台)に今も墓所が残っています。

神明様の由来

◆深川の神明さまのはじまり◆

神明のはじまり絵図 今からおよそ四百年の昔、現在の深川一帯は葦の生い茂る三角州で、住む人もまだいませんでした。その頃、深川八郎右衛門(摂津の人と伝えられる)が一族を引き連れてこの地に移り住み、土地の開拓に着手しました。八郎右衛門は神さまを敬う心が篤く、屋敷のうちに小さな祠を建て、日頃から崇敬する伊勢神宮の大神さまのご分霊をお祀りし、開拓民の幸せと、深川の地の発展を祈念しました。
 これが、深川神明宮の起源です。そして深川の地の発展とともに、八郎右衛門の屋敷の小さな祠も、いつしか深川総鎮守神明宮と称せられ、多くの崇敬を集めるようになり、今日に至りました。

 

神明さまとお伊勢さま

◆神明さまとお伊勢さま◆

撤下神宝神明さまのご祭神(おまつりしている神さま)は天照大御神さま、伊勢神宮の内宮の神さまです。天照大御神さまをお祀りした神社を「神明さま」といい、全国にはたくさんの神明社があります。伊勢の神宮との深い繋がりから、第五十九回のご遷宮の際には、御鏡・御太刀・御盾のご神宝をいただき、ご本殿に大切にお納めしています。

   ▲撤下神宝

撤下古材の柱また、当宮のご鎮座四百年祭に当っては、第六十一回のご遷宮のときに解体した内宮東宝殿の御柱が撤げ下され、当宮儀式殿の玄関にお飾りしています。

▲撤下古材の飾り柱

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祭りの記憶
十二の御輿絵